雪のように寂しさが降り積もる|小説「密やかな結晶」
だんだんと何かの記憶-例えばカレンダーやオルゴール-が消滅して行ってしまう人たちの物語。
しんしんと雪が降り積もるように、少しずつ何かを失っていく人たちの寂しさが積もっていく。
だけど、記憶をなくしていく人たちは誰も泣き喚いたり、怒ったりしない。ただ、だんだんと空洞が増えていくことに不安を感じていくだけ。なくなったものそのものを惜しみ、懐かしむ気持ちすら無くなってしまうのだ。
それはもしかしたら幸せなことなのかもしれない。だけどわたしには、とてつもなく悲しいことに見えた。
ゲシュタポを彷彿とさせる「秘密警察」による記憶狩りによって家や持ち物、時には大切な人を奪われても淡々と受け入れる。
そんな淡々とした「哀」に包まれた物語だからこそ、記憶を失うことができない人と互いに永遠に感情を分かち合うことができない苦しみや、えもいわれぬ不安の中でも温かな思いやりで包み込んでくれるひとの優しさが煌めいている作品。