すごい悔しくなったので頭を整理してみる|小説『そして二人だけになった』
あらすじ
とてつもなく大きな橋を支える巨大コンクリートの塊の中に、国家機密とされるシェルタがあった。現代の最高技術で造られたこの密室に滞在することになった六人が、一人ずつ、殺される。痺れるような緊張感の中、最後に残った二人。そして世界が反転する――。謎、恐怖、驚愕。すべてが圧倒的な傑作長編ミステリィ。
そして二人だけになった Until Death Do Us Part (講談社文庫)
- 作者: 森博嗣
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2018/09/14
- メディア: 文庫
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私が森博嗣さんの作品に初めて触れたのは『すべてがFになる』だった。その後四季シリーズ全部、犀川&萌絵シリーズ・Gシリーズ・百年シリーズを1作ずつ読む。
私にとっての森作品はこんな位置づけ。
- 「いやー俺って天才だからさ」っていう作者の声が作品からダダ漏れている
- 色んなシリーズ通じて、登場人物のキャラがなぜか好きになれない(真賀田四季だけは好き)
- とはいえ他のミステリでは得られない、固定観念をぶっ壊される快感がある
という印象。私の森作品遍歴にもそれが如実に現れていると思う。基本的には好きになれないんだけど、たまに手を出したくなるという、「全くそりが合わないけどなぜか気になるアイツ」的存在。
今回も久々に手を出してみた。結局結論が気になって一気読みしてしまったのだが、読み終えた直後は、「いやもうそれ言い出したらなんでもありやん!」と本を叩きつけたくなった。
レビューを見ても賛否真っ二つ。
…が、それで終わるのもなんだか負けたような気がするので、整理してみた。
物語のメインストリームは、バルブと呼ばれるある極秘施設に実験的に生活することになった6人が、次々に殺されていく…という、ザ・ミステリなもの。その6人とは、極秘施設の計画の枢軸を担った天才・勅使河原潤、そのアシスタントである森島有佳、同じく計画の中心人物であった志田、垣本、小松、そして参加者の健康管理及び身体データ収集を担う医師の浜野。
だが、実は勅使河原はその弟が、森島はその妹が入れ替わって参加していた。
施設の中では、次々に人が殺されていき、最後には勅使河原弟、森島妹だけが残される。互いに互いが犯人だと疑いつつも無事に施設を脱出した二人…。
その後いくつかトリックが明かされるが、最大の論点はここだ。
「実は勅使河原潤、その弟、森島有佳、その妹、この4人の人格はすべて勅使河原潤が内包してましたー!テッテレー!」
勅使河原弟および森島妹の事件後の観察者である宮原によって、その推測が提示されるのだ。
なお最後のエピローグでは、ちょびっとだけ弟、妹も実在する可能性も示唆されているが、そうすると勅使河原弟、森島妹を観察してきた宮原が勅使河原4人格説を語るのはさすがにおかしくなるため、ここではその可能性は排除することにする。
勅使河原弟と森島妹のこれまでの人生や、勅使河原が内包する人格間の会話や接触は"超天才"がすべて脳内構成していたとしても(そもそもここに納得がいかない人もいるかもしれない。そんな人にはぜひ四季シリーズをおすすめする)、それ以外の人間とのやりとりや接触は、さすがに矛盾するところの方が多い。弟・妹しかいない暗闇の密室で、弟は誰に殴られたのか?とか、バルブから脱出した弟、妹は別々の場所と手段で助けられたはずでは?とか。勅使河原が2人格を演じていたとして、周りからは勅使河原1人としか映らないという前提で読み返してみても違和感を感じることの方が多い。そこが一番納得がいかなかった理由だ。
しかし、一晩置いて冷静になって考えた結果、私の中でそれらの折り合いをつけるキーワードがあった。それは、弟及び妹目線からみたバルブ内の出来事、バルブから脱出して北海道で暮らしていることもすべて、弟・妹による「手記」であるということだ。つまりは彼らの記憶・認識に過ぎないことを指す。
ここでヒントになるのは、熊野博士の存在だ。宮原の独白から察するに、熊野博士は頻繁に北海道の弟・妹を訪ね、彼らと頻繁にコミュニケーションを取って観察あるいは研究したはずだが、弟・妹は熊野博士をただの「施設の管理人」としか認識しておらず、熊野博士とのコミュニケーションは記憶されていないようだ。つまり、勅使河原4人格からみた事実と、その4人以外からみた事実は異なることがあるということ。
てことは、その他にも、弟、妹の手記には、ある意味彼らにとって都合よく認識されている事実も含まれる可能性が大いにあるということだ。
実は勅使河原が勝手に暗闇で転んで頭を怪我しただけであり、実は勅使河原がバルブから救出されたのはヘリによってであり、誰も通りがかりのトラックに載って助け出されはいないんだけど(逆かもしれんけど)、弟及び妹がその時の状況に整合性をつけるために「誰かに殴られた」「通りがかりのトラックに助けられた」と認識していただけなのではないか。
一旦は、自分の中では消化できた気がするが、良くも悪くも、相当振り回される作品であることは間違いない。
…とはいえ、散々作品内で絶対性・相対性について語られているので、「事実」という言葉そのものが不安定にならざるを得ない。振り回すことを前提として書かれているとしか思えない。
…やはり、基本的に好きになれない作家・森博嗣。けどまた手を出したくなるんだろう。
お気に入り度
★★☆☆☆
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