実はサンドイッチがめちゃ美味しそう|小説『それからはスープのことばかり考えて暮らした』
大好きな吉田篤弘さん作『つむじ風食堂の夜』の舞台、月舟町の隣の町でのお話。
主人公は町に引っ越してきた青年、大里くん。
映画を見るのが好きすぎて、うっかり仕事も辞めてしまい、大好きな映画館「月舟シネマ」のある月舟町の隣町へ住みついた。
人のいい大家さんに「オーリィ君」というちょっとフランス風の小粋なあだ名をつけられるような、どこか浮世離れしたふわふわした存在。
もともと映画の脚本家を目指していた彼は、
昭和の映画にチョイ役でぽつぽつ出演していた「あおいさん」に一目ぼれしてしまい、
今日も今日とて仕事もせずに映画館に通いつめる。
だが、ある日食べた「3(トロワ)」というサンドイッチやさんのサンドイッチが我を忘れるほどの美味しさで、店主とその息子とも交流する中で、そのサンドイッチ屋さんで働き始める。
それでも引き続き映画館に通う暮らしは変わらない。そんな中で知り合ったおばあさんが飲んでいたスープがこれまたおいしそうで…。
サンドイッチやさんでもスープを出そう、と、それからオーリィ君はスープのことばかり考えるように。
箱庭的な世界観だった『つむじ風食堂の夜』と違って、電車に乗っていくつかの町を回ったり、百貨店に出向いたりと、少し現実感が出ていて、
どことなくのんびりした住宅街・そこにポツンとある美味しいサンドイッチ屋さん・少し電車に乗ると大きな百貨店に行ける。
なんとなく世田谷感あるな、と思ったら、巻末の著者による解説でやっぱり舞台は小田急線豪徳寺あたりとのこと。
すぐ手を伸ばせば、たくさんの刺激やたくさんの仕事がある、騒音と魅力うごめく都会があるのに、少し場所がずれただけでのんびりとした空気漂う世田谷の感じと、
主人公のオーリィくんの雰囲気が重なって見えた。
特に印象的なのが、オーリィ君と、実は身近に住んでいた年老いた「あおいさん」が一緒にスープを飲む場面。
オーリィ君は、自分がつけていた腕時計を7分だけずらしてこう心の中でつぶやく。
「それが、正しい時間の中から切り離されていても構わなかった」
何十年も昔の映画の中にだけ存在し、ずっと恋焦がれていた女性と実際に巡り合うことができたけど、
物語と現実、今と昔、若者と老年。
ほかの人とちょっとだけ切り離された二人だけの時間をこれから歩んでいくのかな。
世界は広い。1人や2人くらい、そんな生き方をしてもいいじゃないか。