想い続けることは夢か狂気か|『神様のボート』
あらすじ
あたしは現実を生きたいの。ママは現実を生きてない。
消えたパパを待って、あたしとママはずっと旅がらす……。恋愛の静かな狂気に囚われた母と、その傍らで成長していく娘の遥かな物語。
昔、ママは、骨ごと溶けるような恋をし、その結果あたしが生まれた。“私の宝物は三つ。ピアノ。あのひと。そしてあなたよ草子"。必ず戻るといって消えたパパを待ってママとあたしは引越しを繰り返す。“私はあのひとのいない場所にはなじむわけにいかないの"“神様のボートにのってしまったから"――恋愛の静かな狂気に囚われた母葉子と、その傍らで成長していく娘草子の遥かな旅の物語。
時折、「狂気」とは何か、どこからが「狂気」なのかを考える。
もちろんその明確な境目はどこにもない。
しかし人が「狂気」と呼ぶとき、そこには必ず恐怖がある。自分が知っている、理解できる範囲を逸脱した、得体の知れないものへの畏れ。その者の次の思考や行動が予測できない怖さ。
昔、「骨ごと溶けるような恋」をした葉子は、あふれるほどの愛情を娘・草子に注ぎ、引っ越し先ではきちんと働き口を見つけ、まじめに働く。そして「すぎたことは絶対に変わらないもの。いつもそこにある」と信じて疑わず、「あのひと」への想いを常に胸のど真ん中に抱えながら旅を続けていく。
ことあるごとに草子に「あのひと」との思い出や「あの人」の素晴らしさを話して聞かせ、毎年毎年、そこにいない「あのひと」の誕生日を二人で祝う。
葉子と草子にとっては、それがいつもの生活。だからそれが狂気なのか正気なのか、そんなことは関係ない。
だけどだんだんと草子は成長し、葉子の信じる世界からはみ出ていく。もしくは、”葉子が”はみ出ているということを感じ始めるのかもしれないけど。
…振り返って書くと、自分の理解を超えたまさに「狂気」なのだけど、この本を読んでいる間は、恐ろしさというものを全くといっていいほど感じなかった。その文章力に、今更畏怖の念に近いものを感じる。
お気に入り度
★★★☆☆
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ベタに。江國香織さんといえばコレ、って感じ。
個人的にはRossoが先、がおすすめではあるが、
もしかすると男女で意見が違ったりするのかもしれない。
昔描いた夢と、積み重ねた経験から見えてくる現実、その折り合いをつけるともつけられないまさに冷静と情熱のあいだにある大人に刺さる。
童話っぽい雰囲気を存分に味わえるこちらも好き。