犀川&萌絵の大学生活と成長を楽しむ|小説『私的詩的ジャック』
森博嗣による、
大学助教授犀川と大学生萌絵が謎解きに挑むS&Mシリーズの第4作。
※以下、軽くネタバレを含む。
大学を舞台にした密室での連続殺人に、萌絵のスーパー好奇心で首を突っ込み、萌絵からの情報で犀川が半ば安楽椅子探偵のように謎を解いていく。
密室のトリックは、作中でもそう言っているがギークすぎる手法なので、ある程度の専門知識がないと思いつきすらしないし解説されてもあんまり理解できない。
「どうやって密室を作ったか」ではなく「なぜ密室を作る可能性があったのか」そして「誰がやったのか」を考えながら読んだ方が良さそうだ。
しかし個人的には、読んで良かったと思える大きな理由が別にある。
実は昔から、このS&Mペア、特に萌絵が本当に受け付けなくて(といっても「すべてがFになる」しか読んだことがなかったが…)、それ以降のS&Mシリーズに全く手が伸びなかったのだけど、先日久々にすべFを再読したところ、かなり意識して萌絵の幼児性というか、子供がすごく背伸びをして大人っぽく振る舞っているように描かれていることに気付いたのだ。
そこで、もしかしたら少し萌絵に共感できるかもしれない、と初めてすべF以外に手を伸ばしてみた。
「詩的私的ジャック」は舞台が2人の所属する大学が関連する事件ということもあり、犀川と萌絵の大学生活や、普段の交友関係もしっかり描かれている。
そこでは、世間知らずの超お嬢様として同級生から少し遠巻きにされている萌絵や、雑務が増えることを嫌がってスピード出世を躊躇なく断る犀川など、すべFでは圧倒的な思考力を持つ人物として描かれていた2人が、日常では好むと好まざるとに関わらず、いわゆる「浮いた存在」であることや、そしてそんな自分を理解し、客観視している犀川≒大人に、これまで自分が甘えていたことをようやく自覚した萌絵がちょっとだけ近づいている様子が見れたことは、なんだか自分自身も成長できたようで少し嬉しい。
こんな風に、数年越し、数十年越しに同じ作品を通して違う読み解き方ができるようになることに気づけるのは、読書という趣味が人生に与える大きな影響のひとつだと思う。